水野小学校と代官所
- 公開日
- 2015/04/16
- 更新日
- 2015/04/16
学校紹介
「水野の歴史と風土」より
天明元年(1781)5月、中水野村鳥林に代官所を設置。愛知、春日井郡の一部と美濃の一部にまたがり、徴税事務、申請事務、司法事務など全般処理を行った。代官所を陣屋とも言い、代官の下にあって補佐する者を手代、その属官を同心と呼んだ。
山の中でも水野は城下、地方山方両役所と唄われて、水野はこの地方の文化の中心地の時があった。
学校の歴史は古く、創立143年目にあたります。
校歌に「役所の跡」という言葉が入っていますが、昔は水野代官所が当地にありました。
明治6年
水野代官所内にあった興譲館を小学興譲学校と命名しました。(学校のはじまり) 水野代官所には尾張徳川藩校の明倫館の分校「興譲館」がありました。開学時、興譲館にいた人、一般の子弟(8〜15才)を合わせて約100人を収容し、素読や九九を教えていたとのことです。