学校日記

「稲むらの火」の劇を通して

公開日
2012/01/29
更新日
2012/01/29

はたとうの風

【日本経済新聞28日夕刊記事より掲載】

震災に遭った宮城の小学校で「稲むらの火」を題材にして劇を行ったという記事がついていました。あえて津波の劇を演じることで、震災と向き合い、重い経験を乗り越えようとする前向きの気持ちを高めることを目的としたそうです。
被災地では復興に向けた様々な活動が進められていますが、小学生がこうした形でも健気に取り組んでいることを知りました。


この「稲むらの火」の話は、和歌山県で起きた南海地震の津波から人々を救った浜口儀兵衛の活躍を物語にしたものです。原作は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の「生ける神」。それを小学校教師の中井常蔵氏が「稲むらの火」として書き改めました。

昭和のはじめに国語の教科書に載せられ、その後、道徳の資料としても取り上げられていました。地域の人たちの中にも、「小学生の時に習ったことを覚えている」と話された方がいらっしゃいました。地震と津波のおそろしさ、いち早く避難することの大切さ、人のために尽くす尊さを知ることのできる話です。

去年の3月、このお話をホームページで紹介しました(3月23日)。昔の教科書に載せられていた文です。

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「稲むらの火」

「これは、ただごとではない。」
とつぶやきながら、五平衛は家から出てきた。今の地震は、別に激しいというほどではなかった。しかし、長い、ゆったりとしたゆれ方と、うなるような地鳴りとは、年取った五平衛に、今まで経験したことのない、不気味なものであった。

 五平衛は、自分の家の庭から、心配そうに下の村を見おろした。村では、豊年を祝うよい祭りの支度に心を取られて、さっきの地震には、一向気がつかないもののようである。

 村から海へ移した五平衛の目は、たちまちそこへ吸いけられてしまった。風とは反対に、波が沖へ沖へと動いて、見る見る海岸には、広い砂原や、黒い岩底が現れてきた。

 「大変だ。津波がやってくるに違いない」と、五平衛は思った。このままにしておいたら、四百の命が、村もろとも一のみにやられてしまう。もう、一刻もぐずぐずしてはいられない。

 「よし」
と叫んで、家へかけ込んだ五平衛は、大きなたいまつを持ってとび出して来た。そこには、取り入れるばかりになっている、たくさんの稲束が積んである。

 「もったいないが、これで村中の命が救えるのだ。」
と、五平衛は、いきなりその稲むらの一つに火を移した。風にあふられて、火の手がぱっとあがった。一つまた一つ。五平衛はむちゅうで走った。こうして、自分の田のすべての稲むらに火をつけてしまうと、たいまつを捨てた。まるで、失神したように、かれはそこに突っ立ったまま、沖の方を眺めていた。

 日はすでに没して、あたりがだんだん薄暗くなってきた。稲むらの火は、天をこがした。山寺では、この火を見て早鐘をつき出した。
「火事だ。庄屋さんの家だ」
と村の若い者は、急いで山手へかけ出した。続いて老人も、女も、子どもも、若者のあとを追うようにかけ出した。
 高台から見おろしている五平衛の目には、それが蟻の歩みのようにもどかしく思われた。やっと20人ほどの若者がかけあがって来た。かれらは、すぐに火を消しにかかろうとする。五平衛は、大声で言った。
「うっちゃっておけ。大変だ。村中の人に来てもらうんだ」
 村中の人は、おいおい集まって来た。五平衛は、あとからあとからのぼって来る老幼男女を、一人一人数えた。集まって来た人々は、燃えている稲むらと五平衛の顔とを代わる代わる見くらべた。

 その時、五平衛は、力いっぱいの声で叫んだ。
「見ろ。やって来たぞ。」
たそがれの薄明かりをすかして、五平衛の指さす方を一同は見た。遠く海の端に、細い、暗い、一筋の線が見えた。
その線は見る見る太くなった。広くなった。非常な速さで押し寄せてきた。
「津波だ。」
と、だれかが叫んだ。海水が、絶壁のように目の前にせまったと思うと、山がのしかかって来たような重さと、百雷の一時に落ちたようなとどろきとで、壁にぶつかった。人々は、われを忘れて後ろへとびのいた。雲のように山手へ突進して来た水煙のほかは、一時なにもみえなかった。
人々は、自分らの村の上を荒れ狂って通る、白い、恐ろしい海を見た。二度三度、村の上を、海は進みまた退いた。

 高台では、しばらく何の話し声もなかった。一同は、波にえぐり取られてあとかたもなくなった村を、ただあきれて見おろしていた。

 稲むらの火は、風にあふられてまたもえあがり、夕やみに包まれたあたりを明るくした。始めてわれにかえった村人は、この火によって救われたのだと気がつくと、ただだまって、五平衛の前にひざまづいてしまった。

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【「稲むらの火」の話が付いている国語の教科書】