学校日記

1873年 草創期 明治6年〜20年

公開日
2019/04/03
更新日
2019/04/03

下品野小の歴史

 下品野小学校の歴史を調べているうちに、次のような記述を発見しました。
 江戸時代の寺子屋教育を守りついで、明治5年8月に身分、性別にかかわらずすべての子どもが就学するように「学制」が発布されました。当時この品野地区にも寺子屋がありましたが、どこを「学校」として発足させるか協議の結果、上品野の祥雲寺に「同帰学校」として明治6年に発足しまた。しかし、下中品野地区の人たちが通うのに不便なので、明治9年7月に下品野の火の見下付近に品野学校として下、中品野2ケ村の学校として分離しました。当時は生活も貧しく子どもは家の手伝いをしなければ生活が成り立たない時代だったので子どもを就学させる家も多くありませんでした。
 明治20年に現在の中品野神明神社境内に芝居小屋があったものを改造して中品野学校(中品野他四ケ村立尋常小学校)を造りました。間口3間(1間=1.8m)、横5間、入口の両脇に教官控室と下駄箱がありました。中は教室の境はなく、背中合わせで先生の授業をうけていました。(分かりやすく表現した部分があります。)
 これから、「同帰学校」(明治6年)⇒「品野学校」(明治9年)⇒「中品野学校」(明治20年)ということがわかります。しかし、この間、写真や記録がないので詳しいことはわかっていません。歴史ある下品野小学校です。